大阪が愛した「タコ府知事」死去
人気漫才師を経て参院議員、大阪府知事として活躍したタレントの横山ノック(本名・山田勇=やまだ・いさむ)さんが3日午前7時15分、中咽頭(いんとう)がんのため兵庫・西宮市内の病院で死去した。75歳。葬儀並びに告別式は親族だけの密葬で行い、後日お別れ会を開く。喪主は長男・山田一貴(かずたか)氏。上岡龍太郎氏(当時は横山パンチ)らと漫才トリオ「漫画トリオ」を結成した後、68年に参院議員転身。95年に大阪府知事選に当選し「タレント知事」として人気を集めたが、女子大生へのわいせつ行為で2000年、有罪判決を受け、晩年はメディアへの露出も少なかった。
波乱万丈の人生に、ひっそりと幕が下ろされた。人気漫才師、参院議員、大阪府知事、そして有罪判決…。あまたの経歴に彩られた横山ノックさんが逝った。
この日、長男の山田一貴さんと親せき一同の連名で各社に送られたファクスは「かねてより病気療養中でございました、横山ノックが、他界致しましたので、ご報告させていただきます」との文面で、葬儀・告別式は「親族だけの密葬とさせていただきます」とし、当初も一部の親しい人にしか知らされてなかった。
死因は、中咽頭(いんとう)がん。関係者によると昨年初めから入退院を繰り返し、手術も受けたという。昨年7月には入院する事態があったが、当時は「熱中症」と発表。復帰の場となったラジオ番組で「タコも水が切れると脱水症状になる。もう大丈夫」と、対外的には元気な姿をアピールした。
しかし、最近では、自宅近くの住民に車イスに乗って押されている姿が目撃されていた。公の場への登場は昨年9月、大阪市内で行われた「彦八まつり」で漫談を披露したのが最後になった。
米軍施設での勤務から、1955年に芸能界デビュー。59年に横山フック氏(故人。初代)、上岡龍太郎氏とともに「漫画トリオ」を結成し「パンパカパーン、今週のハイライト」で知られる時事ネタで人気を博した。68年、参院議員選挙に無所属で当選し、95年には大阪府知事選に当選。2期目も、府民の圧倒的支持を得て再選した。
「タレント知事」として絶頂のさなか、運動員を務めた女子大生から選挙活動中、わいせつ行為を受けたと訴えられ、ノックさんは裁判で答弁を一切拒否した。1100万円の損害賠償を命じられた様に議会や府民は猛反発し、同年12月に辞意表明。翌2000年に懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決が確定した。
吉本興業が「二度とあの方には協力しない」との意向を示し、各テレビ局もこぞって拒否反応。本人も「すさまじいマスコミ攻勢で、社会人として抹殺された」と復帰をあきらめた。事業の失敗、芦屋などの自宅マンションの住宅ローンなど、十億近い借金があるともささやかれた。
04年2月、大阪・ワッハ上方での公演で復帰したさいには「毎日、反省の日々を重ねてきました」と話し、活動もラジオ番組や舞台に時折出演する程度。テレビ局の出演依頼も体調などを理由に断ったという。最近の楽しみは、孫と公園で遊ぶことだったという。
◆横山 ノック 本名・山田勇。1932年1月30日、神戸市生まれ。地元の高等小学校を卒業後に芸能界入りし、上岡龍太郎氏らと「漫画トリオ」を結成。「パンパカパ~ン」のギャグなどでお茶の間の人気者に。68年の参院選全国区(当時)で初当選し政界入り。参院で当選4回を重ねたが95年、大阪府知事選に無所属で出馬。東京都知事選の青島幸男氏とともに無党派旋風を巻き起こし、初当選を果たした。99年4月、府知事選で過去最高の約230万票を得て再選。同年12月、強制わいせつ罪で大阪地検特捜部に在宅起訴され辞職した。04年に舞台復帰しタレント業を再開していた。
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5月4日8時1分配信 スポーツ報知
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